- 2015-12-07 (月) 8:18
- ブログ
おはようございます藤本です!!
最近は腹巻きがないと寝れない藤本ですが
今日は心あたたまるお話をしますね
最近のネットでは鶴岡のおじさんという人が話題になっているのを知っていますか?
1974年4月12日に羽黒第四小学校に差出人不明の封筒が届きました。
封筒には鶴岡市とだけしか書かれておらず、中には一枚の手紙が。
”社会から受けた温かい恩い少しでも報いたい。図書費に使ってください”
手紙にはそう書かれており、封書の中には手紙の他に2千円が入ってました。
その寄付の封書はそこから毎月届き、自らをおじさんと名乗り
寄付金は5千円と上がり、手紙の内容も簡単だけど温かさを感じさせる文面になっていきました。
学校の近くを通りかかりますが『遠くから見つめる』と誓っていますと書いています
毎月の寄付金を欠かさずに、自分の姿は絶対に表さないおじさんは
いつか鶴岡のおじさんと言われて、学校の生徒たちは、いつしかおじさん祭りを開くようになり
おじさんの姿を想像して、似顔絵を描いたり、おじさんへの感謝を作文などに綴っていました。
読書が好きになったのは鶴岡のおじさんのおかげであると話す女子生徒もいる程です。
41年間、鶴岡のおじさんから羽黒第四小学校へ図書費としての
寄付の総額は220万円にも及んだそうで、鶴岡のおじさんからの寄付で
揃えた通称・おじさん文庫の数は何と1400冊を超えたそうです。
しかし2015年、少子化の影響で羽黒第四小学校の生徒数は
24人にまで減っていて、ついに閉校と相成ることが決まりました。
そして2015年は最後のおじさん祭りとなるわけですが
ついにそこに41年間、総額220万円の寄付をしてきて、姿を見せる事がなかった
鶴岡のおじさんが、最後のおじさん祭りの場にやってきたのです。
鶴岡のおじさんの正体は金野昭治さん 68歳でした。
元々、学校がある羽黒町出身の方で、現在は仙台市に引っ越していました。
金野さんは寄付をはじめた理由に、若い時に羽黒第四小学校を訪れた際
図書室の本の数があまりに少なすぎる事に、自分が何か出来ないかと感じたそうです。
そして金野さんは鶴岡のおじさんとなり、ずっと寄付をし続けてきたのです。
本来ならば姿を現すことは考えていなかったそうですが
現在、住んでいる仙台市の自宅に故郷の羽黒町の友人からの手紙をもらい
羽黒第四小学校が2016年春に閉校するという事を知り
今年2015年の3月に羽黒第四小学校の校長に金野さんは手紙をおくり
おじさんの正体を明かしたのだそうです。
どうでしたか?
僕も色々な方から感謝される人になりたいですね!!!
では今週も張り切っていきましょう!!


